
40年以上の指導歴と不登校・ひきこもりの
9割を立ち直らせた解決力
まずは30分無料相談へ
「人生はもう終わりだ」「死にたい」
不登校や引きこもりになり、一番甘えられるお母さんに、このような言葉を漏らす子ども・若者は少なくありません。
「うちの子は、このまま社会に出られないのではないか」
そう不安に感じている保護者の方へ、私、一般社団法人未来自律支援機構(JADA)代表理事・杉浦孝宣(Takanobu Sugiura)は、自信を持ってお伝えします。
不登校・引きこもりの9割は解決できます。
中学校卒業後、約10年間引きこもっていたY子さんは、24歳から生活を立て直し、学び直しを始めました。通信制高校、短期大学へ進学し、保育士資格を取得。現在は公務員として社会に貢献しています。
10年間引きこもっていても、人生は終わりではありません。
高校中退と引きこもりを経験してJAへ就職した佐藤渉太君、家庭訪問や生活改善を経て自衛隊へ進んだカイト君やW君、学生寮で生活を立て直し、アルバイトを継続しているK君もいます。
JADAが考える「解決」とは、有名大学への合格や正社員就職だけではありません。
自分で朝起きる。身支度をする。自分の意思で家から出る。人と関わる。学び直す。アルバイトの面接を受ける。進学や就労へ一歩を踏み出す。
本人が自分で考え、選び、行動し始めた時点から、社会的自律への再出発は始まっています。
このページでは、JADAが実際に本人と家庭へ関わった18人の成功事例を紹介します。お子さんと似た状態の事例から、「何をきっかけに動き始めたのか」をご覧ください。
お子さんの現在地を整理する「不登校・引きこもりの5ステージ判定」について見る
私自身も、小学3年生のときに不登校を経験しました。
その後、家庭教師、学習塾、都立高校への転学支援、フリースクール、通信制高校サポート校、家庭訪問、学生寮、生活改善合宿などを通じ、40年以上にわたり、1万人を超える子ども・若者とその家庭に関わってきました。
家庭教師時代には、医師家庭で育ち、周囲からの期待や受験のプレッシャーによって自信を失いかけていた兄弟を指導しました。学生家庭教師を管理しながら、私自身も英語や作文を教え、兄弟はそれぞれ山梨大学医学部と慶應義塾大学医学部へ合格しました。
この経験から、学力を伸ばすだけでなく、本人が自信を取り戻し、自分の力を発揮できる生活と環境をつくることの重要性を学びました。
医師家庭の兄弟を山梨大学医学部・慶應義塾大学医学部合格へ導いた経緯はこちら
都立高校への転学支援では、制度の説明、願書、作文、面接まで指導し、特に都立新宿山吹高校へ年間50名以上の合格者を輩出した時代もあります。
ただし、合格や転校だけでは支援は終わりません。規則正しい生活を整え、高校卒業後の進学・就職・社会参加までつなぐことが重要です。
不登校や引きこもりの状態、年齢、家庭環境、回復までの時間は、一人ひとり異なります。
そのため、JADAでは本人と家庭の現在地を「不登校・引きこもりの5ステージ判定」で整理します。簡単にいえば、家庭で対応を整えながら見守れる段階なのか、家庭訪問や生活改善など第三者による実動支援が必要な段階なのかを判断するためのものです。
支援では、親へのコーチングと本人への実動支援を組み合わせ、次の順序を基本とします。
これが、JADAの「自律へ進む7つの支援ステップ」です。
JADAの支援哲学「親へのコーチングと本人への実動支援」について見る
お子さんの現在地を無料で確認できます
約3分の「不登校・引きこもりの5ステージ判定」で、家庭で今取り組むべきことを整理します。保護者だけで利用できます。
登録・判定無料/登録だけで契約にはなりません
Y子さんは中学時代から不登校となり、中学校卒業後は進学せず、約10年間自宅中心の生活を続けていました。
24歳のとき、「こんな私でも通信制高校で勉強できますか」と連絡をくれました。その言葉から、本人の中に残っていた「学びたい」という意思を感じました。
最初から進学だけを迫らず、生活を整え、人と話し、社会との接点を持つところから始めました。その後、通信制高校、短期大学へ進み、保育士資格を取得しました。
現在は公務員として働いています。10年間の引きこもりがあっても、適切な順序で生活と学びを立て直せば再出発できることを示す事例です。
中高一貫校へ入学したものの、中学1年のゴールデンウィーク明けから学校へ行けなくなりました。
家庭訪問を行い、年齢の近い先輩との交流を通じて、家庭と学校以外の社会との接点をつくりました。
無理に登校だけを求めず、生活を整え、外出や集団活動に参加する経験を重ねました。
その後、自衛隊へ進み、自分の役割を担って社会生活を送っています。
学校生活への適応が難しくなり、高校中退、引きこもり、家庭内暴力へ進みました。家庭だけでは対応が難しい状態でした。
保護者の対応を整え、第三者が本人へ関わることで、家庭内の対立を減らし、生活と進路を立て直しました。
本人の状態を見ながら、生活改善、学び直し、進学・就職への準備を一つずつ進めました。
現在は区役所で働き、社会の中で役割を果たしています。
生活リズムが崩れ、食生活も不規則になり、外出や社会との接点を失っていました。
まず規則正しい生活を取り戻し、起床、食事、運動、人との関わりを整えました。
高校卒業資格だけを目標にせず、体力、責任感、将来の進路を考える経験を積み重ねました。
現在は航空自衛隊で勤務しています。
学校へ行けなくなり、生活リズムと社会との接点が失われていきました。
家庭だけで抱える状態から離れ、学生寮で規則正しい生活と人との関わりを取り戻しました。
生活改善と学び直しを並行して行い、通信制高校を経て大学へ進学しました。
現在は公務員として社会へ貢献しています。
高校中退後、約1年半にわたって引きこもりました。スポーツ推薦には「部活を辞めたら学校にもいられない」と感じさせる悪慣習が残る場合があります。
本人を否定せず、小さな行動と成功体験を積み重ね、社会との接点を取り戻しました。
規則正しい生活、学び直し、社会参加、進路支援を継続しました。
現在はJAの職員として働いています。朝日新聞「耕論」にも実名で登場し、自らの経験を社会へ伝えました。
学校との接点が弱まり、起きている時間の多くをゲームに使う生活になっていました。
規則正しい生活を取り戻し、釣りなどの活動を通じて人との関係と自信を回復しました。
通信制高校で学ぶだけでなく、生活、外出、仲間との活動を組み合わせました。
将来の目標を見つけ、看護系大学へ進学しました。
通信制高校へ移っても生活は変わらず、約8か月間引きこもりました。「人生終わった」と漏らすほど自信を失っていました。
起床、食事、外出、学習を整え、他者と生活する経験を重ねました。
通信制高校の卒業だけを目標にせず、本人が希望する進路へ向けた準備を支援しました。
防衛大学校の一次試験合格を経験し、その後、自衛隊へ進みました。
中学2年の4月から学校へ行けなくなり、家庭外の人との接点も少なくなりました。
家庭訪問を通じて、学校や親とは異なる第三者との関係をつくりました。
回復は一直線ではありません。動き始めた後に再び壁へぶつかった時も、生活と進路を立て直しました。
カナダ留学を経験し、大学へ進学。JADAの学生インターンとして後輩とも関わりました。
高校入学後すぐに登校できなくなり、留年が決定して退学。長時間のゲーム、外出困難、家族との不安定な関係が約8か月続きました。
家業を手伝う行動が生まれ、家庭訪問を経てフリースクールへつながりました。
中学校段階の学び直し、行事への参加、通信制高校での学習を進めました。イラストの力が評価され、制作を任される経験もしました。
美術大学へ合格し、フリースクールでは学生インターンとして後輩に美術を教えました。
海外留学にも挑戦しましたが、うまくいかず帰国しました。
学び直しと学生寮での生活改善を通じて、少しずつ自信を取り戻しました。
大学進学だけでなく、プレゼンテーションやコンペへの参加など、社会で自分を表現する経験を重ねました。
青山学院大学へ進学し、卒業後は大手IT企業へ就職しました。
中高一貫校へ適応できず、不登校となり、多くの時間をゲームに使っていました。
本人に合わない学校へ戻すことだけに固執せず、通信制高校と支援環境を選びました。
規則正しい生活を整え、新しい環境で学習と社会参加を続けました。
自信と意欲を取り戻し、プライム上場企業への就職を実現しました。
発達障害の診断を受け、進路が見えず、ご家族も不安を抱えていました。
診断名だけで進路を決めず、本人の特性に対応できる高校で再出発しました。
高校への適応だけでなく、生活、学習、大学進学まで継続して支援しました。
現在は看護系大学で学び、医療機関への就職を目指しています。
中学3年で不登校を宣言し、その後、約2年間にわたり社会との接点を失いました。
訪問の目的は、本人を無理に連れ出すことではありません。会う、話す、約束を守ることを積み重ね、本人が自分で次の一歩を選べる関係をつくりました。
通信制高校への進学を自ら決め、週5日の通学、アルバイト、カナダ留学を経験しました。
2025年4月に農業系大学へ進学し、農業に関わる将来を目指しています。
「死にたい」という言葉もあり、家庭だけでは安全を確保することが難しいStage 4相当の状態でした。
保護者の対応を整え、本人を一方的に責めず、第三者が継続して関わりました。
家庭訪問、生活改善、学び直しを通じて、本人が自分の将来を考えられる状態へつなげました。
大学へ進学し、政治や社会について学びながら、将来を考えています。
高校1年で学校へ行けなくなり、次第に笑顔や家族との会話が減っていきました。
本人だけを変えようとせず、保護者が関わり方を見直したことから変化が始まりました。
規則正しい生活を取り戻し、人と関わる経験を重ね、アルバイトへ進みました。
現在も週5日のアルバイトを継続しています。進学、就職、YouTuberなど希望は揺れていますが、スタッフが将来の進路を具体的に決められるよう促しています。
JADAでは、自分の意思で家から出て、アルバイトの面接を受け、継続して働いている時点で、K君の不登校・引きこもりは解決したと判断しています。
進学校へ通っていましたが、不登校と引きこもりが深刻化し、家庭関係も崩れていました。
家庭の対応を整え、本人と継続して対話しながら、昼夜逆転などの生活を改善しました。
学校へ戻すことだけを目標にせず、外出、人との関わり、学び、就職へ段階的につなげました。
長期の引きこもりを経て、最高級メゾンへの就職を実現しました。
高校中退後、自宅中心の生活が続き、「どうせダメだと思う」と弱音を口にすることもありました。
高卒認定試験を絶対に合格しなければならないものにせず、1科目でも受験できれば次につながると考えました。部屋の片付けや家事など、本人ができた小さな行動も認めました。
ご両親には結果を迫らない関わり方を伝え、本人には生活を試験時間へ合わせる準備を支援しました。
試験当日、Y君は自分で起き、食事と持ち物を確認し、午前9時40分に自分の足で家を出ました。
この事例でいう成功は、試験の合否だけではありません。長く自宅中心の生活をしていた本人が、自分で準備し、自分の意思で社会へ一歩を踏み出したことです。
18人の年齢、家庭環境、学校、診断、引きこもり期間は異なります。しかし、再出発には共通点があります。
通信制高校へ転校しただけで、不登校や引きこもりが解決するわけではありません。規則正しい生活を取り戻し、学び直し、アルバイトやインターンなどを経験し、社会へ出る準備をすることが重要です。
この成功事例集は、杉浦孝宣一人の記録で終わらせません。
今後は、実際に本人や家庭への支援に関わった大倉星耶、杉浦暢恵をはじめとするJADAスタッフも執筆し、事例を20件以上へ順次追加する予定です。
杉浦暢恵は小学校教員としての経験を持ち、現在はJADAのボランティアスタッフとして引きこもり支援にも関わっています。
支援前の状態、保護者への助言、本人への働きかけ、転機、その後の変化を、実際に関わったスタッフの一次情報として残します。
このページを、単なる「成功者一覧」ではなく、同じ悩みを抱えるご家庭が再出発の道筋を探せる成功事例集として育てていきます。正式な情報体系では「JADA Success Hub / Evidence」に位置づけています。
親へのコーチングと本人への実動支援を組み合わせるJADAの考え方は、YouTube番組「PIVOT」でも前編・後編にわたり紹介されました。
はい。杉浦孝宣またはJADAのスタッフが、実際に本人や家庭へ関わった事例です。本人や保護者が動画へ出演しているケースもあります。
プライバシーに配慮し、実名、仮名、イニシャルを使い分けています。このページでは、男性は「〇〇君」、女性は「〇〇さん」と表記します。
再出発できます。Y子さんは中学校卒業後、約10年間引きこもりましたが、24歳から生活を立て直し、通信制高校、短期大学へ進み、保育士資格を取得しました。現在は公務員として働いています。
長期化している場合は、本人の意思を待ち続けるだけでなく、生活、家族関係、学び、社会との接点を段階的につくる必要があります。
正社員就職だけではありません。
自分で朝起きる、身支度をする、自分の意思で家から出る、人と関わる、学び直す、アルバイトの面接を受ける、進学や就労へ一歩を踏み出すことも重要な変化です。
CASE18のY君は、自分で起き、準備し、高卒認定試験会場へ向かいました。合否だけではなく、自分の意思で行動したことを、社会的自律への第一歩と捉えています。
カズキ君は、高校中退、引きこもり、家庭内暴力を経験しましたが、生活と進路を立て直し、区役所勤務へ進みました。S君も、家庭内で包丁を振りかざす状態から大学進学へ進みました。
ただし、今まさに暴力が起きている、刃物がある、自傷、薬の大量摂取、具体的な自殺の計画など、差し迫った危険がある場合は安全確保が最優先です。家庭だけで対応せず、110番・119番、医療機関、警察、児童相談所等へ連絡してください。
いいえ。家庭訪問の目的は、本人を力ずくで連れ出すことではありません。
カイト君、エイタ君、N君の事例では、会う、話す、約束を守ることを積み重ね、本人との信頼関係をつくりました。N君の場合は約7か月、計69回の家庭訪問を経て、自分で通信制高校への進学を決めました。
転校しただけでは解決しません。
W君は通信制高校のネットコースに在籍していましたが、生活が崩れ、約8か月引きこもりました。その後、寮生活で起床、食事、学習、運動、人との関わりを整え、防衛大学校一次試験合格を経て自衛隊へ進みました。
通信制高校を卒業することと、生活や社会との接点を取り戻すことは、分けて考える必要があります。
あります。回復は一直線とは限りません。
エイタ君も、家庭訪問をきっかけに動き始めた後、再び壁へぶつかりました。しかし、カナダ留学、大学進学、JADAの学生インターンへ進みました。
停滞や失敗があっても、その時点の状態を見直し、支援を組み直すことが重要です。
診断名だけで将来を決めることはできません。
CASE13のW君は、本人の特性に合う高校で再出発し、看護系大学へ進学しました。サコウ君も中高一貫校で不登校を経験しましたが、環境を変え、プライム上場企業へ就職しています。
JADAは医学的診断を行う機関ではありません。必要な場合は医師や専門家と連携しながら、本人の生活、学習、行動、家庭環境を見て支援を考えます。
はい。保護者だけでも相談できます。
CASE18のY君も、最初にご両親が関わり方を見直しました。結果を迫らず、本人が挑戦できる家庭環境を整えたことで、自ら高卒認定試験へ向かう行動につながりました。
本人がすぐに相談へ来られなくても、保護者が明日からの対応を変えることはできます。
同じ結果を保証するものではありません。本人の年齢、状態、得意分野、家庭環境、希望によって進路は異なります。
Y子さんは公務員、カイト君とリョウタ君は自衛隊、カズキ君とタツマ君は公務員、佐藤渉太君はJA、サコウ君はプライム上場企業、アツヤ君は最高級メゾンへ進みました。Y君は高卒認定試験へ挑戦し、K君はアルバイトを継続しています。
これらの事例は、特定の進路を保証するものではなく、本人と家庭の状態に合わせた支援によって再出発の道筋をつくれることを示す一次情報です。
同じ「不登校」「引きこもり」という言葉でも、本人の状態と必要な支援は異なります。
昼夜逆転、ゲーム漬け、親との会話断絶、外出困難、入浴拒否、進路拒否などが重なるStage 3以上では、家庭だけで抱えず、第三者による実動支援を検討してください。
JADAの自律支援モデルは、英語サイトでも発信しています。
不登校や引きこもりになったからといって、本人の可能性が失われたわけではありません。
約10年間引きこもったY子さんも、高校中退後に1年半引きこもった佐藤渉太君も、家庭内暴力があったカズキ君も、最初から将来が見えていたわけではありません。
家庭の対応を整える。生活を立て直す。本人との信頼関係をつくる。学び直す。社会との接点をつくる。そして、本人が自分で選び、行動する。
その順序を間違えず、必要な支援を継続することで、人は何歳からでも再出発できます。
親が諦めない限り、JADAも諦めません。
執筆・監修:一般社団法人未来自律支援機構(JADA)代表理事 杉浦孝宣(Takanobu Sugiura)
お子さんの未来は、
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