
40年以上の指導歴と不登校・ひきこもりの
9割を立ち直らせた解決力
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「また壁に穴が開いた――」
息子の怒声が響くたび、家族全員が息を殺す毎日。
中高一貫校に通っていたはずの息子が、成績不振をきっかけに家庭内暴力を繰り返すようになり、やがて部屋から一歩も出なくなった……。
もしあなたが今、そんな状況の渦中にいるなら、この記事を最後まで読んでください。
ここでは、神奈川県の中高一貫校・浅野中学校で成績不振から留年勧告を受け、激しい家庭内暴力と引きこもりに陥った「カズキくん(仮名)」が、どのようにして立ち直り、最終的に公務員として社会復帰を果たしたのか。その全プロセスを、支援の現場からお伝えします。
この事例を担当したのは、一般社団法人未来自律支援機構 Japan Autonomous Development Association(JADA)代表理事・杉浦孝宣です。
40年にわたり、1万人以上の不登校・引きこもりの子どもたちと向き合ってきた支援者の視点から、「親が何をすべきか」を具体的にお話しします。
※当機構は2026年4月1日に「不登校・引きこもり予防協会」から名称変更いたしました。
中高一貫校、とりわけ偏差値上位の進学校に通う子どもたちは、小学生時代から激しい受験競争を勝ち抜いてきた「成功体験の持ち主」です。
ところが、入学後に待っているのは「全員が優秀」という環境。
小学校では常にトップだった子が、中間テストで平均以下を取る。順位表を見て愕然とする。親に見せられない。
ここで多くの子どもは、2つの反応を示します。
カズキくんは後者でした。
中高一貫校に子どもを通わせる家庭の多くは、教育熱心です。それ自体は悪いことではありません。しかし、子どもが成績不振に陥ったとき、親の「期待」は容易に「圧力」に変質します。
「せっかく受験して入ったのに」
「塾代にいくらかけたと思ってるの」
「このままじゃ留年だよ」
こうした言葉は、親にとっては発破のつもりでも、子どもにとっては「お前は失敗作だ」というメッセージに聞こえます。
逃げ場を失った子どもが、最後に選ぶ表現手段――それが家庭内暴力です。
杉浦孝宣は、40年の支援経験から一貫してこう言い続けています。
「家庭内暴力は、子どもが言葉にできない”助けて”の叫びです。暴力を”問題行動”としてだけ見ていては、絶対に解決しません。」
物を壊す、壁を殴る、親に手を上げる。これらはすべて、自分自身を壊したいほどの苦しみの裏返しなのです。
カズキくんが浅野中学校に合格したのは、小学6年生の2月。偏差値60台後半の同校に合格したとき、家族全員が喜びました。
入学してからの最初の数ヶ月は、部活動にも参加し、新しい友人もでき、親から見ても「楽しそう」に通っていました。
変化が現れたのは、中学1年の2学期です。
中間テストの結果が返ってきたとき、カズキくんは答案用紙を親に見せませんでした。問い詰めると、「別に普通だよ」と部屋にこもる。
実際には、主要5教科のうち3教科が赤点でした。
浅野中学は進度が速いことで知られています。一度つまずくと、追いつくのが極めて難しい。カズキくんは数学と英語で完全に授業についていけなくなっていました。
中学2年になると、朝起きられなくなりました。
「腹が痛い」「頭が痛い」と訴え、週に2〜3日は学校を休むように。
担任から何度も電話がかかってきましたが、カズキくん本人は電話に出ようとしません。
そして中2の3学期、学校から正式な留年勧告が出ました。
「このままでは進級できません。転校も含めてご検討ください。」
このとき、母親は泣き崩れ、父親は激怒しました。
留年勧告の翌日から、カズキくんは豹変しました。
自室のドアを蹴破り、リビングのテレビを投げ、壁に何度も拳を叩きつける。
「お前らが行けって言ったんだろ!」
「俺の人生を返せ!」
母親に対して椅子を投げつけたこともありました。
父親が止めに入ると、今度は父親に向かって暴力を振るう。
家族全員が怯え、妹は祖父母の家に避難する事態に。
それでも、カズキくんは暴力のあと、自室で声を殺して泣いていたそうです。
暴力を振るいたくて振るっていたのではない。そのことは、後にカズキくん自身がYouTubeインタビューで語っています。
カズキくんの事例に限らず、杉浦孝宣が40年間で見てきた家庭内暴力のケースには、親が共通して犯す3つの間違いがありました。
父親が息子を押さえつける。鍵をかける。警察を呼ぶ。
一時的には暴力が止まるかもしれません。しかし、これは根本原因に一切触れていない対応です。
力で抑え込まれた子どもは、さらに追い詰められ、暴力がエスカレートするか、完全に引きこもってしまうかのどちらかです。
暴力が怖くなった親が、子どもの言いなりになるケースも非常に多いです。
ゲーム機を買い与える。夜中にコンビニに行かせる。好きなだけ寝かせる。
「刺激しなければ暴力は収まるはず」と考えてしまうのですが、これは問題の先送りに過ぎません。
杉浦はこう指摘します。
「何も言わないことは、”お前のことはもうどうでもいい”というメッセージになります。子どもはますます孤立します。」
これが最も多い間違いです。
「家の恥だから外に言えない」
「うちの子に限って、専門家の世話になるなんて」
「もう少し様子を見よう」
この「もう少し様子を見よう」が、引きこもりを長期化させる最大の原因です。
杉浦の経験では、家庭内暴力が始まってから相談に来るまでの平均期間は約2年。この2年間で、子どもの状態は確実に悪化しています。
カズキくんの家庭でも、最初の1年間は家族だけで解決しようとしていました。
母親はネットで「家庭内暴力 解決法」を検索し、育児書を読み漁り、スクールカウンセラーに相談し、心療内科にも電話しました。
しかし、カウンセラーは「本人が来ないと対応できない」と言い、心療内科も「まずは受診してください」と言う。部屋から出てこない子どもを連れて行くことは不可能でした。
母親は心身ともに限界に達し、体重が10キロ落ちました。
転機は、父親がようやく事態の深刻さを受け入れたことでした。
それまで父親は「男なんだから甘えるな」「気合いが足りない」という考えから抜け出せずにいました。仕事が忙しいことを理由に、家庭の問題から距離を取っていた部分もあったと、後に父親自身が認めています。
ある日、帰宅した父親が見たのは、リビングの壁に空いた3つ目の穴と、台所の隅で震えている妻の姿でした。
「これは自分たちだけではどうにもならない。」
その夜、父親は杉浦孝宣の著書『高校中退 不登校でも引きこもりでもやり直せる!』をAmazonで購入しました。
翌週、父親はJADA(当時:不登校・引きこもり予防協会)に電話をかけました。
初回の相談で、杉浦は父親にこう伝えました。
「お父さん、カズキくんを変えようとしないでください。まずお父さん自身が変わることです。お子さんは親の変化を最も敏感に感じ取ります。」
父親は黙ってうなずきました。
そしてもう一つ。
「家庭内暴力の解決には、必ず第三者の介入が必要です。親子関係がこじれた状態では、親の言葉はどんなに正しくても子どもに届きません。」
この言葉が、カズキくんの人生を変える第一歩になりました。
JADAが実践する支援は、明確な3つのステップで構成されています。
これは杉浦孝宣が40年間の現場経験から体系化したもので、著書『不登校ひきこもりの9割は治せる』にも詳述されています。
引きこもり状態の子どもは、ほぼ例外なく昼夜逆転しています。カズキくんも例外ではありませんでした。
夜中の3時までゲームをし、昼過ぎまで寝る。食事はカップ麺かコンビニ弁当。入浴も週に1〜2回。
JADAの支援では、まず「朝起きて、食事をして、夜寝る」という人間として最も基本的なリズムを取り戻すことから始めます。
ここで重要なのは、いきなり子どもに「早く起きろ」と言わないことです。
杉浦の指導のもと、まず親が生活リズムを整えました。
毎朝同じ時間に起き、食卓に朝食を用意し、「おはよう」と声をかける。返事がなくても続ける。
2週間ほど経ったとき、カズキくんが初めて昼前にリビングに降りてきました。
母親は大げさに喜んだり、「どうしたの?」と問い詰めたりせず、ただ「味噌汁あるよ」とだけ言いました。
この対応も、杉浦からの具体的なアドバイスに基づいたものです。
生活リズムが少しずつ整ってきた段階で、JADAのスタッフがカズキくんと直接コンタクトを取り始めました。
最初は手紙でした。「よかったら一度、話だけでもしない?」という短いメッセージ。
3通目の手紙で、カズキくんから返事が来ました。
「……別に、話すことなんかないけど。」
これが、引きこもりの子どもの典型的な「最初の一歩」です。
「話すことない」と言いながら返事を書いている。つまり、本当は誰かとつながりたいのです。
その後、JADAのスタッフが自宅を訪問。最初の面談は10分で終わりました。
でも、次は15分。その次は30分。少しずつ、カズキくんは心を開いていきました。
この段階で杉浦が重視したのは、「勉強の話を一切しないこと」です。
「勉強の話をした瞬間、子どもはまた殻に閉じこもります。まずはその子の”好きなこと””興味があること”から会話を広げていく。信頼関係が築かれて初めて、次のステップに進めるのです。」
カズキくんの場合、歴史が好きでした。戦国時代の武将の話で盛り上がったことが、スタッフとの信頼関係を築くきっかけになりました。
自信を取り戻した子どもに対して、JADAは最終的に「社会の中で自分の役割を見つける」ことを目標に設定します。
これは単に「就職する」「学校に戻る」という表面的なゴールではありません。
「自分は社会の中で誰かの役に立てる人間なんだ」という実感を持つこと。これが、再び引きこもらないための最も強い「免疫」になるからです。
カズキくんがこのステップにたどり着くまでの過程を、次の章で詳しくお話しします。
JADAの支援が始まって約3ヶ月。生活リズムが安定し、スタッフとの信頼関係もできてきた頃、カズキくん自身から「高校はどうしたらいいんだろう」という言葉が出ました。
浅野中学の留年勧告は事実上の退学勧告でもありました。
中高一貫校の場合、成績不振で留年するケースでは、学校側から転校を強く勧められることがほとんどです。
親にとっては、「せっかく入った中高一貫校を辞める」ということは大きな挫折に感じられます。
しかし杉浦は、こうアドバイスしました。
「学校は手段であって目的ではありません。カズキくんにとって今必要なのは、安心して学べる”居場所”です。それは必ずしも全日制の学校である必要はありません。」
カズキくんと家族は話し合い、通信制高校への転籍を決めました。
通信制高校に移ったカズキくんは、最初こそ戸惑いましたが、次第にそのメリットを実感するようになりました。
特に大きかったのは、「同じような経験をした仲間がいる」という点です。
全日制の進学校では「落ちこぼれ」だった自分が、通信制高校では「普通の生徒」でいられる。
この安心感が、カズキくんの心を大きく癒しました。
興味深いことに、勉強から逃げ続けていたカズキくんは、通信制高校に入ってから自分から勉強するようになりました。
「誰かに強制されるんじゃなくて、自分で”やろう”と思えたのが初めてだった」と、後にカズキくんは語っています。
これこそが、JADAの3ステップ支援の核心です。
「やらされる勉強」から「自分で選ぶ学び」へ。この転換が起きたとき、子どもは驚くほどの力を発揮します。
通信制高校での生活が安定してきた頃、JADAのスタッフはカズキくんにアルバイトを勧めました。
最初、カズキくんは強く抵抗しました。
「人と話すのが怖い」「失敗したらどうしよう」「自分なんかに務まるわけがない」
しかし、スタッフは無理強いしませんでした。
「やってみて無理だったら、いつでも辞めていい。でも、一度だけ試してみない?」
カズキくんが選んだのは、近所のコンビニエンスストアでした。
最初の1週間は緊張で手が震えたそうです。レジ打ちを間違え、品出しの順番を覚えられず、先輩に迷惑をかけてばかり。
でも、ある日、お客さんから「ありがとう」と言われたとき、カズキくんの目に涙が浮かびました。
「自分が誰かの役に立てた。それがこんなに嬉しいことだと思わなかった。」
この体験が、カズキくんの人生を大きく動かすことになります。
アルバイトで自信をつけたカズキくんは、通信制高校で生徒会に立候補しました。
かつて浅野中学では、教室の隅で下を向いていた子どもが、人前に立つことを自分から選んだのです。
生徒会活動では、学校行事の企画や運営を担当。文化祭の実行委員長として、他の生徒をまとめる役割を担いました。
この経験は、カズキくんに「リーダーシップ」と「責任感」という、かつての暴力とは正反対の力を与えました。
この頃、父親は杉浦にこう報告しています。
「先日、息子が”親父、文化祭見に来てくれよ”って言ったんです。あの子が自分から”来て”なんて言ったのは、小学校以来です。涙が出ました。」
家庭内暴力があったことが嘘のように、食卓で家族が笑い合える日常が戻ってきていました。
通信制高校を卒業する頃、カズキくんは進路について真剣に考え始めました。
大学に行くという選択肢もありましたが、カズキくんが選んだのは公務員試験への挑戦でした。
理由を聞くと、こう答えたそうです。
「自分は一度、社会からドロップアウトした。だからこそ、困っている人の気持ちがわかる。その経験を活かして、人の役に立つ仕事がしたい。」
杉浦が「3ステップの最終目標」として掲げる「社会貢献」を、カズキくんは自分の言葉で語ったのです。
公務員試験の勉強は決して簡単ではありませんでした。
しかし、かつて勉強から逃げ続けていたカズキくんは、毎日8時間以上机に向かいました。
「浅野にいた頃は、”やらなきゃいけない”から勉強してた。今は”やりたいから”やってる。全然違う。」
この言葉に、カズキくんの変化のすべてが凝縮されています。
公務員試験の合格通知が届いた日、カズキくんは真っ先に両親に報告しました。
父親は息子を抱きしめ、二人で泣いたそうです。
かつて壁に穴を開け、椅子を投げ、「人生を返せ」と叫んでいた少年は、自分の力で人生を取り戻しました。
そして、それを支えたのは、「第三者に助けを求める」という親の決断でした。
カズキくんは、JADA(当時:不登校・引きこもり予防協会)のYouTubeチャンネルでインタビューに応じています。
その中で、特に印象的だった言葉をいくつかご紹介します。
「暴力を振るっていた頃の自分は、本当に苦しかった。でも、その苦しさを言葉にできなかった。殴ることでしか表現できなかった。」
「親を恨んでいたわけじゃない。でも、”わかってくれない”という気持ちが、どうしても暴力になってしまった。」
「杉浦先生のスタッフが来てくれたとき、最初は”うざい”と思った。でも、何度も来てくれて、勉強の話じゃなくて歴史の話をしてくれて……”この人は自分を否定しないんだ”って思えたとき、初めて安心できた。」
「今、同じように苦しんでいる人に伝えたい。暴力でしか表現できない苦しさは、必ず別の形に変えられる。でも、一人では無理だった。助けを求めていい。」
▼ YouTube 成功事例インタビュー集はこちらからご覧いただけます。
YouTube 成功事例インタビュー集
カズキくんの事例は、特別なケースではありません。
杉浦孝宣が40年間で支援してきた1万人以上の子どもたちの中に、同様の事例は数多くあります。
その経験から導き出された「家庭内暴力」解決の5つの鉄則をお伝えします。
暴力をやめさせることに集中しても、根本解決にはなりません。暴力の奥にある「苦しみ」に目を向けることが最優先です。
「子どもを変えたい」と思って相談に来る親がほとんどですが、杉浦は必ず「まず親が変わること」から始めます。親の言動、態度、価値観が変わったとき、子どもは必ずそれを感じ取ります。
家庭内暴力の相談に来るのは、圧倒的に母親が多いのが現実です。しかし、父親が本気で関わらない限り、解決は極めて困難です。
カズキくんの事例でも、父親が「覚悟」を決めたことが最大のターニングポイントでした。
「お父さん、仕事が忙しいのはわかります。でも、今お子さんが必要としているのは、お父さんの”時間”と”覚悟”です。」
――杉浦孝宣
親子関係がこじれた状態では、どんなに正しい言葉も子どもに届きません。信頼できる第三者が間に入ることで、初めて子どもは安心して心を開くことができます。
「見守りましょう」「待ちましょう」というアドバイスは、不登校・引きこもりの現場では最も危険な言葉の一つです。
もちろん、子どものペースを尊重することは大切です。しかし、何のプランもなく「待つ」ことは、問題を悪化させるだけです。
JADAでは、「待つ」のではなく「適切なタイミングで適切な介入をする」ことを重視しています。
この記事を読んで、「うちの子もまさにこの状態だ」と感じた方へ。
今日からできることを5つお伝えします。
「なぜ学校に行かないのか」「なぜ暴力を振るうのか」と問い詰めることは、今日からやめてください。子ども自身が一番苦しんでいます。
子どもを変えようとする前に、まず自分の生活を整えましょう。毎朝同じ時間に起き、食卓に食事を用意し、穏やかに挨拶する。それだけで家庭の空気は変わります。
母親に任せきりにしないでください。父親が本気で向き合う姿勢を見せることが、子どもにとって最も大きなメッセージになります。
「家の恥」という考えを捨ててください。家庭内暴力・引きこもりは、専門的な知見がなければ解決できません。相談することは「負け」ではなく「最初の勝利」です。
「もう少し様子を見よう」と思った瞬間、解決は遠のきます。この記事を読み終えたら、まず一つだけでも行動に移してください。
カズキくんの事例を通して、最もお伝えしたいことは一つです。
家庭内暴力は、子どもの「助けて」という叫びである。
壁に空いた穴も、投げつけられた椅子も、響き渡る怒声も、すべてが「自分を助けてほしい」「この苦しみから抜け出したい」という切実なメッセージです。
そして、そのメッセージに応えるためには、親の覚悟と第三者の専門的な支援の両方が必要です。
カズキくんは今、公務員として働きながら、穏やかな日常を送っています。
家族で食卓を囲み、笑い合える日が戻ってきました。
あの頃の地獄のような日々が嘘のようだと、ご両親は言います。
でも、それは「嘘」ではありません。あの日々があったからこそ、今がある。
そしてそれは、あなたの家庭でも実現できることです。
一人で抱え込まないでください。
助けを求めることは、弱さではありません。
それは、家族を守るための最も強い行動です。
杉浦孝宣が直接ご相談をお受けします。
40年の実績に基づき、お子様の状況に合わせた具体的なアドバイスをお伝えします。
「何から始めればいいかわからない」という方は、まずここからどうぞ。
カズキくん以外にも、家庭内暴力・引きこもりから社会復帰を果たした事例を多数掲載しています。
お子様に近い事例がきっと見つかります。
実際に引きこもりを乗り越えた当事者の声を、動画でご覧いただけます。
カズキくんのインタビューもこちらに収録されています。
杉浦孝宣の支援の考え方は、YouTube番組「PIVOT」でも紹介されました。
不登校・引きこもり問題の本質と、具体的な解決策をわかりやすく解説しています。
杉浦孝宣の支援メソッドは、複数の書籍・メディアで紹介されています。
メディア掲載一覧はこちら
👉 著書・メディア掲載詳細を見る
| 団体名 | 一般社団法人 未来自律支援機構 Japan Autonomous Development Association(JADA) |
| 旧名称 | 不登校・引きこもり予防協会(2026年4月1日名称変更) |
| 代表理事 | 杉浦孝宣 |
| 支援実績 | 40年間で1万人以上 |
| 公式サイト | https://yoboukyoukai.com/ |
※本記事に登場する「カズキくん」は仮名です。プライバシー保護のため、個人が特定されない範囲で事例を再構成しています。
※本記事の内容は、杉浦孝宣の40年間の支援経験と、ご本人・ご家族の許可を得た範囲で構成されています。