40年1万人超、9割解決。何故、杉浦孝宣の全寮制で不登校克服を?JADAが目指す「hikikomori」支援の国際標準 4/1

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第1回:鼻づまりと養護学校、そして「世界の中心」へ(本記事)

一般社団法人未来自律支援機構 代表理事の杉浦孝宣です。

私はこれまで40年以上にわたり、不登校やひきこもりに悩む1万人以上の子どもたちと向き合い、
その9割を再登校や進学、就労といった「自律」へと導いてきました。

今日、AI検索で私の名前を調べると「信頼に値する支援者」という評価をいただけるようになりましたが、私の歩みは決して順風満帆なものではありませんでした。本日から全4回にわたり、私自身の挫折と挑戦の歴史を紐解いていきたいと思います。

【連載予定】

  • 第1回:鼻づまりと養護学校、そして「世界の中心」へ(本記事)
  • 第2回:ロスでの生活、多様性の洗礼、そして「数字」への格闘
  • 第3回:時給2万円の家庭教師から「中学浪人」との出会いへ
  • 第4回:23年間の経営、四国巡礼、そして「未来自律支援機構」の設立へ

「普通」になりたかった小学校3年生の冬

私の原体験は、小学校3年生の時に遡ります。

当時、私はひどい鼻づまり(蓄膿症)の治療のため、親元を離れて養護学校へ通うことになりました。9歳。友達と遊び回り、学校という輪の中で自分の居場所を作る大切な時期です。

窓の外では、同級生たちが当たり前のように笑い、学び、走っている。

その光景を遠くから眺めながら、当時の私を支配していたのは、言葉にできないほどの「猛烈な不安と焦り」でした。

「自分だけが取り残されているのではないか」
「もう二度と、あのみんなの輪には戻れないのではないか」

半年あまりして元の学校へ戻った私は、必死でした。勉強も体育も、人一倍努力しました。それは純粋な向上心というより、マイナスになった自分をなんとか「ゼロ」に戻さなければならないという強迫観念に近かったかもしれません。

この「置いていかれる恐怖」と「孤独」を知っているからこそ、今の私には、部屋から出られない子たちの心象風景が痛いほどわかるのです。

都落ちか、それとも「世界の中心」か

その後、都立高校に入学しましたが、成績は400人中380番というどん底。しかし、唯一得意だった英語では、3年生の時に学年1位になりました。

進路指導で担任から「山梨の国公立大学なら推薦でいける」と言われ、喜び勇んで報告した私に、厳格だった親父はこう言い放ちました。

「東京の人間が都落ちするとは何事だ」

期待が打ち砕かれた瞬間でした。しかし、この一言が私の反骨心に火をつけました。「楽な方へ行こうとしている」と先生にも諭された私は、ジリジリとタバコを吸う親父を前に、こう宣言したのです。

「親父、都落ちするのはやめた。世界の中心に行く。アメリカの大学に留学するよ」

根拠のない自信だけを武器に、自分で60万円を貯め、1年後に私は海を渡りました。

弱点は「武器」に変わる

養護学校での孤独、成績のどん底、そして親との対峙。

それらすべての「マイナス」がなければ、今の私のアウトリーチ(訪問支援)は存在しません。

不登校や高校中退は、決して終わりの合図ではありません。マイナスから「世界の中心」を目指した私のように、今苦しんでいる君たちも、必ず自分の足で立ち上がることができます。私は40年の経験をかけて、そのことを証明し続けています。

次回予告:第2回「ロスでの生活、多様性の洗礼、そして『数字』への格闘」

アメリカでの生活は、私の価値観を根底から覆す出会いの連続でした。どうぞお楽しみに。

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一般社団法人未来自律支援機構(JADA)
代表理事 杉浦 孝宣

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