高野山高校の卒業式で伝えた「行動する力」|杉浦孝宣の教育の原点と社会的自律
この記事は、2017年3月13日に公開した卒業式の記録をもとに、当時の学校資料、私自身の回想、所蔵する納経帳の写真を加えて再構成したものです。当時の活動と、2026年現在のJADAの支援体系を分けて紹介します。高野山高校の現在の募集・在籍制度や、現在の提携関係を案内する記事ではありません。
不登校を経験した子どもにとって、高校卒業は大切な節目です。しかし、卒業証書を受け取ることだけが、私たちの支援の目的ではありません。その先に、人とつながり、学び、働き、自分の人生を歩む未来がある。その一歩を支えることが、私の考える教育です。
私は、一般社団法人未来自律支援機構(JADA:Japan Autonomous Development Association)代表理事の杉浦孝宣です。高卒支援会などで40年以上、不登校・高校中退・引きこもりの子ども・若者への支援を続けてきました。
2017年、高野山高校の卒業式で、私は卒業生に「行動すること」の大切さを伝えました。その言葉の背景には、中卒浪人の子どもたちへの支援、空海の思想から受けた影響、子どもたちと歩いた四国遍路、そして学校や企業との協働があります。
今回は、高野山とのご縁を伝える納経帳と、岡本彌久校長らと交わした当時の記録から、現在のSocial Autonomy(社会的自律)へつながる教育の原点をお話しします。
2017年3月11日、高野山高校の卒業式で伝えたこと
2017年3月11日、高野山東京別院で高野山高校通信制課程の卒業式が行われました。卒業生は3人。在校生、来賓、学校関係者も加わり、30人前後で卒業を祝いました。式の後には、池袋の養老乃瀧で保護者の皆様が主催するお祝いの会が開かれました。[1]
当時の祝辞で私は、高校へ進みたくても進めない子どもたちのために、支援を始めたことを振り返りました。そして、迷ったときに影響を受けた人物として空海を挙げ、42歳で四国遍路を歩いた経験を話しています。
道はいくらでもあり、前に進めば、何とかなる。
これは、当時の記事に残した言葉です。[1] 私が伝えたかったのは、今までの不登校経験だけで、これからの人生が決まるわけではないということでした。
ただし、「行動しなさい」と言って本人だけに任せるのは、私の考える支援ではありません。学校に行けない、人と話すことが怖い、何から始めればよいか分からない。その状態に合わせて、大人が一緒に動き、本人が踏み出せる場を用意する必要があります。
卒業式の言葉を現在の支援へつなげるなら、「一人で頑張れ」ではなく、「踏み出せる一歩を、一緒につくろう」ということです。
中卒浪人の子どもたちから始まった、私の教育実践
私の出発点は、教育の制度や支援の狭間にいた中卒浪人の子どもたちでした。「高校で学びたい」という気持ちがあっても、次の場所が見つからない。そうした子どもたちに、朝から通って学べる場をつくりたいと考えました。
塾やフリースクール、通信制高校のサポート校を運営すること自体が最終目的だったわけではありません。必要だったのは、目の前の子どもが生活を立て直し、学びに向かい、社会へ進むための仕組みです。
自分の教室だけで解決できなければ、学校に相談する。社会との接点が必要なら、企業に協力を求める。理想を描き、自ら行動し、志を共有する人たちと機会をつくる。この姿勢が、高野山高校との教育連携にもつながりました。
以下で述べる思想や動機は私自身の回想です。役職や会議の内容については、当時の資料と照らし合わせて紹介します。[2]
添田隆昭先生直筆の「弘法大師」――納経帳に残るご縁
こちらは、私が大切にしている四国霊場八十八ヶ所の納経帳です。中の「弘法大師」の文字は、高野山学園理事長を務めた添田隆昭先生に書いていただいたものです。
添田先生は、高野山高校校長や学校法人高野山学園理事長などを歴任されています。[3] 私にとってこの納経帳は、そのご縁と、自分の教育の原点を思い返す品です。
高野山との関係は、記念の品だけで終わるものではありません。その後の教育上の役割や、子どもたちの学びをどう支えるかという協議にもつながっています。ただし、納経帳を、JADAの支援方法や解決率に対する認定・保証として紹介するものではありません。
岡本彌久校長との教育連携と、2016年の関東地区統括顧問就任
学校側の資料に残る、具体的な役割
私は2016年、高野山高等学校通信制課程関東地区統括顧問に就任しました。学校側が作成した契約書では「高野山学園高野山高等学校関東地区統括顧問」とされ、2016年6月1日を契約開始日としています。6月6日の会議議事録には、この学校側案の内容を了承したことが記録されています。[4][5]
関東地区での生徒募集や保護者向け相談会、教育関係者との折衝、東京学習センターや協力するサポート校・関係団体への助言が、役割として明記されています。肩書きだけではなく、学びの場につなぐための具体的な業務でした。[4]
| 時期 | 当時の記録で確認できること |
|---|---|
| 2013年9月 | 高卒支援会側の高野山高校取材記録に、岡本校長への聞き取りや、寮生活・不登校経験者への対応の記録が残っています。[6] |
| 2016年6月1日 | 学校側が作成し、6月6日の会議で了承された顧問契約書の契約開始日です。初期案の日付とは区別します。[4] |
| 2016年6月6日 | 大阪学習センターで関東地区対策会議を開催。岡本校長、土屋教頭、私らが出席し、契約や協力体制、スクーリング、卒業式などを協議しました。[5] |
| 2017年3月11日 | 高野山東京別院で通信制課程の卒業式が行われ、私は卒業生への祝辞を述べました。[1] |
就任の背景について、私の記憶では、岡本校長が著書『高校中退』を読んで私を推薦してくださり、添田理事長から直接お声がけをいただきました。添田先生が『強く生きろ』を読んでくださっていたことも、ご縁の一つです。この推薦・依頼の経緯は私自身の回想であり、上の表に挙げた契約書や会議議事録が、その理由まで記載しているわけではありません。[2]
「座学だけでなく、高野山ならではの体験を」
6月6日の議事録で、私が特に大切にしたいのは、スクーリングの教育内容についての記録です。
座学主体の授業ばかりではなく、高野山ならではの特別活動等を組み込んでほしい。
私からのこの提案が、学校側の議事録に残っています。あわせて、生徒のフォロー、無料夏期講習への協力、行事の特別活動としての扱い、卒業式の会場や時期なども協議しています。[5]
私が求めていたのは、ただ場所を借りることでも、書類上の連携を増やすことでもありません。その場所、その人との関わりがあるからこそできる経験を、子どもたちに届けることでした。ここに、私の考える「社会そのものを教室にする」という姿勢があります。
ここで紹介した議事録は、当時の提案・協議・合意を示す資料です。記載されたすべての項目が、その後同じ形で実施されたとするものではありません。
岡本校長が伝えた「今までの自分」との比較
当時、学校側から受け取った岡本彌久校長名義の原稿「自分を比べよう」には、人との能力差だけで人生を評価するのではなく、これまでの自分からどう成長したかを大切にする教育観が示されています。[7]
不登校や高校中退を経験した子どもに対しても、同級生との比較だけで判断しない。以前より人と話せた、自分で予定を立てた、初めての場所に出かけた。私は、本人のそうした具体的な変化を、次の一歩へつなげていきたいと考えています。
空海から受けた影響と、四国遍路で確かめた「行動する力」
空海は828年、京都に綜芸種智院を開設しました。京都市の資料は、当時、身分上の制約から大学や国学に入れない人々に学ぶ機会を提供した学校として紹介しています。[8]
私が心を引かれたのは、教育の機会を広げるために、自ら行動して場をつくったという姿勢です。今ある仕組みから外れてしまった子どもを、「仕方がない」で終わらせたくない。自分には何ができるのか。その問いを、私も持ち続けてきました。
また、空海の「即身成仏」という教えから、私は自分の行動規範として次のように受け止めてきました。
理想の姿になったと考え、まず行動する。
これは仏教教義の厳密な定義ではなく、私が教育と自分自身の生き方に応用してきた解釈です。子どもたちと四国を歩く前から、自分に課してきた考え方でした。[2]
私は42歳のとき、子どもたちと四国八十八ヶ所、約1,200kmを歩きました。その実践経験をまとめたのが『強く生きろ』です。子どもと生活を共にし、一緒に行動しながら成長を支える経験は、私の支援の大切な原点となっています。[2]
ここで紹介したいのは、長距離を歩けば誰でも不登校が解決する、という方法ではありません。本人の状態に合わせて環境を整え、大人が伴走し、本人が実際に経験できる機会をつくる。その考え方です。
空海からの影響は、私の教育思想から外せません。一方、JADAの支援は、特定の信仰や巡礼への参加を求めるものではありません。教育思想の背景と、本人・家庭に対して行う支援を分けて考えています。
実践が先にあり、体系化は後にある――現在のJADAへ
高野山高校との教育連携、養老乃瀧での学びや就労体験、LEC東京リーガルマインドとの協働など、私は自分の教室の外にも、子どもたちが経験を積む場所を求めてきました。これらは異なる連携であり、同じ生徒がその順番に進んだという意味ではありません。[2]
JADAの7 Steps to Autonomyは、机上だけで考えた理論ではありません。40年以上の支援現場で積み重ねてきた実践を、後から整理・体系化したものです。
高卒支援会などで培った実践知を、現在のJADAでは次の構造で整理しています。2013年や2016年、2017年の活動を、当時からこの名称で実施していたわけではありません。
JADA
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Mission
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└ 5ステージ判定:本人・家庭の現在地を把握する評価枠組み
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親へのコーチング × 本人への実動支援
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Social Autonomy(社会的自律)
Autonomy Stage OSは支援の中核となるフレームワークです。5ステージ判定はその中の評価枠組みであり、7 Steps to Autonomyは具体的な支援の実行プロセスです。両者を同じ分類として扱いません。
| ステップ | 支援の内容 |
|---|---|
| STEP 1 親コーチング&ステージ判定 | 本人と家庭の現在地を整理し、保護者の対応と役割、支援方針を確認します。 |
| STEP 2 アウトリーチ(家庭訪問) | 本人との接点をつくり、対話や活動への入り口を探ります。 |
| STEP 3 生活改善・環境調整(合宿・寮) | 起床、食事、身の回りのことなど、学びや社会参加を支える生活の土台を整えます。 |
| STEP 4 学び直し支援 | 状態と希望に合わせて学習を再開し、進路の選択肢を取り戻します。 |
| STEP 5 社会接点づくり(同行) | 外出や活動への同行を通じて、家庭の外の人・場所・役割とつなぎます。 |
| STEP 6 進路・社会参加支援(進学・就職・ボランティア) | 進学、アルバイト、インターン、就職、ボランティアなど、本人が選ぶ具体的な社会参加を支えます。 |
| STEP 7 Social Autonomy(社会的自律) | 本人が生活を整え、人とつながり、学び、働き、社会へ貢献しながら自分の人生を歩むことを目指します。 |
支援の核心は、Parent Coaching × Direct Support for the Young Person、すなわち「親へのコーチング × 本人への実動支援」です。親だけに変化を求めるのでも、本人だけを支援するのでもありません。親へのコーチングはSTEP 1だけで終わらず、必要に応じて本人への支援と並行します。
四国遍路は、生活を共にすることや同行して人と関わる経験という点で、現在のSTEP 3やSTEP 5などにつながる先行実践と捉えています。ただし、全員が巡礼、合宿、寮など同じ施策を利用するわけではなく、支援の順序や組み合わせは本人・家庭によって異なります。
私たちの第一原則は「他律を排し、自律を促す」です。支援を受けることを否定する言葉ではありません。必要な支えを使いながら、本人が考え、選び、行動できる状態を目指すという意味です。
JADAのMission
「40年・1万人超・9割解決の実績とSDGs(4・8)に基づき、自律して三大義務(教育・勤労・納税)を果たし、社会に貢献する未来を全世界で実現する。」
これはJADAが掲げるMissionです。本稿の納経帳や学校連携の記録は、支援実績の集計や支援方法全体の効果を認定する資料ではありません。支援の経過はJADA Success Hubの成功事例で紹介しています。
保護者が今日から始める「一歩をつくる」ための行動
お子さんに、いきなり長い距離を歩かせたり、大きな目標を決めさせたりする必要はありません。まず保護者が、本人の現在地と、家庭だけでは用意しにくい経験を整理してみてください。
| いつ・誰が | 具体的に行うこと | 確認すること |
|---|---|---|
| 今日、保護者が | 起床・食事・会話・外出・学習の状況を、分かる範囲で1枚に書き出します。 | 「何もしていない」と一括りにせず、できていること、止まっていることを分けます。 |
| 今日から明日、保護者同士で | 登校・起床・スマホ・金銭など、対応が食い違う場面を一つ選び、誰が何を担うかを話し合います。 | 本人に別々の指示を出す前に、家庭の方針と役割を整理します。一人で担う家庭では、頼める支援者も書き出します。 |
| 本人と話せるときに | 買い物への同行、学校外の見学、支援者との短い面会などから、本人が選べる小さな候補を話します。 | 断られた理由も聞き、「できないなら何もしない」ではなく、負担を下げる方法を考えます。 |
| 今週、保護者が | 一人では参加しにくい活動について、誰が同行できるか、相手先がどこまで対応できるかを確認します。 | 申し込みだけで終わらせず、移動、初対面、参加後の振り返りまで支える人を決めます。 |
| 家庭だけで次の一歩をつくれないときに | 生活状況のメモと、これまで試した対応を持って相談します。 | 親への助言だけでなく、本人への家庭訪問・同行・生活支援などをどう組み合わせるかを確認します。 |
これは一律に実行を迫るための表ではありません。本人の体調や安全、意思に合わせて調整します。本人が相談に来られなくても、保護者が現状を整理する相談から始められます。5ステージ判定・個別相談の案内はこちらです。
よくある質問
Q1.杉浦孝宣の高野山高校での役職は何ですか?
本稿では、2016年当時の役職として「高野山高等学校通信制課程関東地区統括顧問」と記載しています。学校側の契約書では「高野山学園高野山高等学校関東地区統括顧問」とされ、2016年6月1日からの契約内容が記載されています。現在の役職や、現在の提携関係を表すものではありません。[4]
Q2.納経帳の「弘法大師」は、誰の直筆ですか?
私が所蔵する納経帳に、添田隆昭先生に書いていただいた文字です。「弘法大師」は書かれた内容であり、弘法大師本人が書いたという意味ではありません。この記事では、所蔵者である私の説明と写真を併せて掲載しています。
Q3.JADAの支援では、信仰や四国遍路への参加が必要ですか?
必要ありません。空海から受けた影響や四国遍路は、私の教育思想と実践の背景です。本人への支援では、現在の生活、希望、対人関係、学習状況を確認し、家庭訪問、外出同行、学び直しなどから必要な方法を考えます。巡礼を一律に勧めるものではありません。
Q4.「行動する力」を育てるには、嫌がっていても学校へ行かせるべきですか?
この記事でいう行動は、無理に登校させることではありません。まず、本人がどの場面で困っているかを確認します。移動が負担なら短い外出、初対面が難しいなら保護者同席の短い面会など、本人と支援者が一緒に次の一歩を考えます。目標は指示に従わせることではなく、本人が選び、動ける経験を支えることです。
Q5.親が今日、一つだけ始めるなら何ですか?
起床・食事・会話・外出の状況を、評価せずに書き出してください。そのうえで、本人ができていることを一つ、家庭だけでは難しいことを一つ選びます。父母で対応が異なる場合は、その場面の方針と役割をそろえることから始めます。
Q6.本人が相談を拒否しています。親だけで相談してもよいですか?
保護者からの相談で構いません。不登校・引きこもりの経過、生活状況、誰となら話せるか、これまで試した対応を整理してお伝えください。親へのコーチングを始めながら、本人への接点をどうつくるか、家庭訪問や同行が必要かを一緒に検討します。相談の入口を確認する。
卒業の先に、自分の人生を歩む未来を
高野山高校の卒業式で伝えたかったのは、過去の不登校経験で人生を諦めないでほしい、ということです。そのために、大人は何を用意できるのか。私は、その問いから行動してきました。
人を引きつけるとは、有名な方と知り合うことではありません。実現したい教育の未来があり、自ら実践し、その志を共有する人たちと、子どもの学びと社会参加の場をつくることだと考えています。
納経帳に残るご縁、学校との会議記録、企業とともにつくってきた機会。それぞれは別の出来事ですが、私の中では「他律を排し、自律を促す」という教育の原点につながっています。
目指すのは、学校復帰だけでも、卒業だけでも、就職だけでもありません。本人が学び、人と関わり、働き、社会へ貢献しながら自分の人生を歩むこと。そのSocial Autonomyへ向けて、親へのコーチングと本人への実動支援を続けていきます。
親が諦めない限り、JADAも諦めません。
支援の具体的な経過はJADA Success Hubの成功事例、支援の進め方は7 Steps to Autonomyでご覧いただけます。私の活動の経緯は代表理事プロフィールで紹介しています。
本稿で参照した記録と、回想について
[1]杉浦孝宣「先週の卒業式から、受験失敗、臭い話」初回公開2017年3月13日。本稿の改稿前の原稿。2017年3月11日の卒業式・祝辞・卒業祝いの記録を参照しています。卒業生3人のその後の進路や継続就労は、この原稿だけでは確認していません。
[2]杉浦孝宣による回想・説明(2026年10月)。創設時の動機、空海から受けた影響、四国遍路の経験、『強く生きろ』、岡本校長の推薦・添田先生の依頼の経緯、企業連携、現在のJADAの支援体系に関する記述。納経帳の所蔵・写真・直筆の帰属についての説明も杉浦本人によります。これらすべてが学校の公式資料で確認された、という意味ではありません。
[3]高野山大学「フジキン小川修平記念講座」添田隆昭先生の紹介。高野山高校校長・学校法人高野山学園理事長などの歴任について参照。過去の紹介であり、現職の確認資料としては使用していません。
[4]「高野山高校 関東地区統括顧問契約書(高野山高校案)」、学校側作成・2016年6月会議資料、杉浦保管。契約開始日は2016年6月1日。2016年5月30日開始の初期案とは区別しています。今回参照したのは電子ファイルと当時のやり取りであり、双方の押印がある最終原本の画像ではありません。非公開の契約条件や個人情報は本稿に転載していません。
[5]「高野山高等学校 広域通信制 関東地区対策会議」2016年6月6日議事録、学校側から同年6月7日送付、杉浦保管。出席者、顧問契約の学校側案への了承、協力体制、スクーリング、卒業式などの協議内容を参照しています。
[6]「2013.9.5. 高野山高校取材」、高卒支援会側の取材記録、杉浦保管。岡本校長への聞き取り等を参照。記載された当時の学費・生徒数・転入条件等を現在の案内として使用していません。
[7]岡本彌久「自分を比べよう」、当時学校側から受領した校長挨拶原稿、杉浦保管。教育観の要旨を紹介しています。
[8]京都市「綜芸種智院蹟」。空海による828年の開設と、教育機会に関する説明を参照しています。
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