
40年以上の指導歴と不登校・ひきこもりの
9割を立ち直らせた解決力
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40年以上の指導歴と不登校・ひきこもりの
9割を立ち直らせた解決力
一般社団法人未来自律支援機構(JADA)代表理事・杉浦孝宣
「うちの子も、そっと見守っていれば、いつか動き出すのではないか」
「本人の気持ちを尊重したい」
そう考える親御さんは少なくありません。
もちろん、子どもを無理やり動かすことが正しいわけではありません。
しかし、40年以上、不登校・高校中退・引きこもり支援に関わってきた私は、はっきりお伝えしたいことがあります。
見守るだけの時間が、引きこもりを固定化させてしまうことがあります。
今回は、中学2年生で不登校になり、その後10年間引きこもったY子さんが、公務員として社会的自律を果たすまでの道のりをお伝えします。
Y子さんは、JADA Stage OSで見ればステージ5に該当する状態でした。
それでも、人生は変わりました。
本記事では、Y子さんの軌跡を通して、「見守り」だけでは足りない理由と、本当に必要な支援のあり方をお伝えします。
長期引きこもりで悩む保護者の方へ
お子さんの状態がステージ3以上、特に20歳を超えて社会参加が止まっている場合、見守るだけでは長期化することがあります。まずは現在の状態を整理しましょう。
「うちの子のタイミングを信じたい」
「そっと見守るのが一番」
そんな親御さんの声を、私は何度も聞いてきました。
確かに、不登校初期には休息が必要な時期があります。
学校で傷ついた子、心身ともに疲れ切った子に対して、すぐに登校を迫るのは逆効果です。
しかし、見守りが何年も続き、外出もなく、就学も就労もなく、社会との接点が消えていく場合、それは「見守り」ではなく「放置」に近づいていきます。
Y子さんの10年間は、そのことを私たちに教えてくれます。
彼女は後に、こう話してくれました。
「あの時、もう少し誰かが関わってくれていたら、10年もかからなかったかもしれません」
この言葉は、見守ることの意味と限界を、深く考えさせてくれます。
一般社団法人未来自律支援機構(JADA)代表理事・杉浦孝宣が、40年以上・1万人以上の支援実践から体系化してきた考え方に、JADA Stage OSがあります。
JADA Stage OSでは、不登校・引きこもりの状態を段階的に整理し、現在地を見極めます。
Y子さんは、中学2年で不登校となり、その後高校へ進学せず、10年以上にわたり社会との接点を失いました。
相談時は24歳。
就学も就労もなく、外出もほとんどない状態でした。
JADA Stage OSでは、1年以上の引きこもり状態があり、20歳を超えて社会参加が停止しているケースをステージ5と位置づけます。
つまりY子さんは、一般的な不登校ではありません。
長期化・固定化したステージ5の引きこもり状態だったのです。
しかし、ステージ5だからといって人生が終わるわけではありません。
正しい順番で支援を入れれば、再出発の可能性はあります。
Y子さんが不登校になったのは、中学2年生の秋でした。
きっかけは、家庭環境の変化でした。
ご両親が離婚し、それまで穏やかだった家庭の空気が大きく変わりました。
お母様も精神的に不安定になり、Y子さんに厳しくあたるようになっていきました。
Y子さんは感受性が豊かで、人の気持ちを強く受け止めてしまうタイプでした。
学校では友人関係に気を遣い、家庭では母親に気を遣う。
中学生の心には、背負いきれない荷物でした。
当時のお母様は、こう話していました。
「最初は風邪かなと思って休ませていたんです。でも、それが2日、3日と続き、1週間、1ヶ月……気づけば半年が経っていました」
そして中学卒業後、Y子さんは高校へ進学しませんでした。
そのまま引きこもり状態に入り、時間は中学2年生のまま止まってしまったのです。
その後の10年間、Y子さんはほとんど家を出ませんでした。
学校にも行かない。
働いてもいない。
友人との関わりもない。
服はすべて通販で購入していました。
流行とは無縁の落ち着いた服装で、初めて相談に来た時、24歳でありながら、どこか30代のような雰囲気をまとっていました。
これは本人の問題というより、社会との接点が10年間なかった結果です。
人は、社会との関わりの中で年齢相応の経験を積みます。
しかし引きこもりが長期化すると、その経験が止まります。
だからこそ、JADAでは「見守り」だけでなく、段階的な社会接続を重視しています。
他の成功事例もご覧ください
Y子さんのように、長期引きこもりから再出発した事例は他にもあります。カイト君、リョウタ君、カズキ君など、17の成功事例をまとめています。
24歳になっても、Y子さんは依然として外に出られない状態でした。
そんな彼女の引きこもり生活に、ある日、予期せぬ転機が訪れます。
それは、親知らずの激痛でした。
「とにかく、もう我慢できないくらい痛くて……。それで、どうしても歯医者に行かなくちゃと思ったんです」
歯の痛みが、10年閉ざされていた扉をこじ開けたのです。
外に出るのは怖い。
電車に乗るのも怖い。
人に見られるのも怖い。
それでも、「痛みをなんとかしたい」という切実な気持ちが勝ちました。
この日を境に、Y子さんは少しずつ外へ出るようになります。
親知らずの痛みをきっかけに外へ出た出来事は、単なる通院ではありません。
JADA Stage OSで見れば、長期間固定化していたステージ5の状態が、初めて動き始めた瞬間でした。
ここで重要なのは、すぐに学校や就職の話をしないことです。
多くのご家庭では、子どもが一度外へ出ると、親が嬉しくなって、すぐに次の話をしてしまいます。
「じゃあ学校はどうするの?」
「働けるんじゃない?」
「将来を考えないと」
しかし、本人にとっては、まだ外へ出ただけです。
芽が出た段階であり、果実が実ったわけではありません。
だからこそ、動き始めた後は待つ。
この見極めが支援では非常に重要です。
歯医者に通うようになった後、Y子さんはインターネットで「高校卒業」「引きこもり」などの言葉を検索しました。
そして私たちの支援を知りました。
翌日、Y子さんはお母様に付き添われながら、自らの意思で相談に来ました。
初対面での第一声を、私は今でも覚えています。
「びっくりしたでしょ? 私の服装」
「全部、通販なんです。家から出られなかったから……。通販って年齢層高めじゃないですか。だから、ちょっとオバサンっぽいですよね」
そう言って、Y子さんは少しだけ笑いました。
この小さな笑いには、「本当は変わりたかった」という気持ちが込められていたように感じました。
お子さんが少し動き始めた時こそ大切です
一度外出した、一度話せた、一度相談できた。その瞬間に親が急がせると、本人が再び閉じこもることがあります。次の一手は慎重に考えましょう。
「高校を卒業したいんですけど、できますか?」
Y子さんの問いに、私はすぐに答えました。
「できますよ」
ただし、それは「すぐにできる」という意味ではありません。
丁寧に順番を踏めばできる、という意味です。
私たちは、まずY子さんがどんな生活をしてきたのか、何を感じ、何に苦しんできたのかを理解するため、10年分の話をじっくり聴きました。
両親の離婚。
母親との関係の変化。
自分の気持ちを言えなかったこと。
好きだったこと。
怖かったこと。
彼女は語るたびに涙を流しながら、10年ぶりに外の人と向き合っていきました。
「自分の過去をちゃんと話すのって、怖いけど、どこかスッキリするんですね」
私たちは、彼女の過去を否定しませんでした。
ただ聴くことに集中しました。
それが次の行動への第一歩になると考えていたからです。
Y子さんの回復を振り返ると、現在JADAが体系化している7つの自律支援ステップと重なります。
回復とは魔法ではありません。
順番があります。
JADAでは、この順番を大切にしています。
通信制高校への入学手続きは、スタッフがサポートしました。
10年のブランクがあるY子さんにとって、学び直しは簡単ではありません。
それでも、週に1〜2回校舎へ通うところから始めました。
最初は緊張で顔がこわばっていました。
しかし、通ううちに少しずつ笑顔が見えるようになっていきました。
Y子さんにとって、学び直しは単なる勉強ではありませんでした。
社会ともう一度つながるための準備運動だったのです。
ある時、私はY子さんに提案しました。
「まずは、アルバイトでもしてみようか」
すると彼女は、戸惑いながらこう聞き返しました。
「履歴書って、どう書くんですか?」
私ははっとしました。
Y子さんは24歳。
しかし社会経験は中学2年で止まったままです。
履歴書を書くことも、面接を受けることも、彼女にとっては初めての経験でした。
スタッフが一から履歴書の書き方を教え、服装や面接の受け答えまで一緒に練習しました。
そして数週間後、ドーナツチェーン店のアルバイトに採用されました。
「本当に、私が受かると思わなかったです」
そう言った彼女の表情は、もう引きこもっていた頃とは違っていました。
ドーナツチェーン店でのアルバイトは、Y子さんにとって社会との初めての再接続でした。
マニュアルに沿った接客。
時間通りの出勤。
先輩スタッフとの会話。
お客様への挨拶。
すべてが初めての経験でした。
最初は緊張して声も小さく、接客もぎこちなかったと思います。
それでも、
「いらっしゃいませ」が言えた。
「ありがとうございます」が言えた。
一つひとつの小さな成功体験が、彼女の表情と姿勢を変えていきました。
1ヶ月後、彼女は別人のようになっていました。
服装は明るくなり、髪も自然な茶色に変わり、笑顔が増えました。
Y子さん自身が、こう話していました。
「働くって、思っていたより怖くなかったです。人にありがとうって言われると、嬉しいですね」
この時、彼女の中で「自分にはできない」という思い込みが、「やればできる」に変わり始めたのです。
アルバイトと並行しながら、Y子さんは通信制高校での学びを続けました。
課題に取り組み、通学を続け、3年間かけて高卒資格を取得しました。
そして次に目指したのは、保育士になることでした。
「私も、子どもに関わる仕事をしたいです」
10年引きこもっていた彼女の口から出たこの言葉に、スタッフ全員が胸を打たれました。
その後、Y子さんは短大へ進学しました。
発達心理学や保育、実習にも取り組み、保育士資格を取得。
さらに特別区の公務員採用試験に挑戦し、見事合格しました。
現在は、保育園で働く公務員として、日々子どもたちと関わっています。
さらに結婚もし、公私ともに充実した日々を送っています。
ステージ5だったY子さんは、社会的自律へと進んだのです。
Y子さんの軌跡から学ぶべきことは、「見守るだけ」では届かない支援があるということです。
もちろん、無理強いは逆効果です。
しかし、適切なタイミングでの関わりや提案がなければ、子どもは前に進むチャンスを得られないことがあります。
Y子さんの場合、親知らずの痛みが外出のきっかけになりました。
しかし、その後に相談につながり、話を聴き、学び直しやアルバイトへ進んだからこそ、人生が動きました。
きっかけだけでは不十分です。
きっかけを次の一歩につなげる支援が必要なのです。
「見守り」で時間だけが過ぎていませんか?
長期化した引きこもりは、家庭だけで抱え込むほど固定化しやすくなります。今の状態を整理し、次の一歩を一緒に考えましょう。
Y子さんのように、行動型支援で人生を変えた若者は他にもいます。
これらの子どもたちに共通するのは、支援が入るタイミングで未来が変わったことです。
詳しくは、以下の成功事例17選をご覧ください。
Y子さんは10年間引きこもりました。
JADA Stage OSではステージ5に該当する状態でした。
しかし現在は、公務員として働き、家庭を持ち、社会の中で自律した生活を送っています。
変化のきっかけは、「見守るだけ」ではありませんでした。
現在地を知ること。
適切な支援を受けること。
小さな行動を積み重ねること。
7つの自律支援ステップを一歩ずつ進めた結果です。
10年引きこもったから人生が終わるのではありません。
本当の問題は、何も行動しないまま時間だけが過ぎることです。
Y子さんの軌跡は、不登校・引きこもりで悩むすべての家庭に希望を与えてくれます。
最後に、今このブログを読んでいる保護者の方にお伝えしたいことがあります。
見守ることは大切です。しかし、関わることはもっと大切です。
お子さんがステージ1〜2であれば、休息や学校との調整で改善することもあります。
しかし、ステージ3以上、特にY子さんのようにステージ5に入っている場合は、家庭だけで抱え続けるのは危険です。
親が一人で抱え込まないこと。
今の状態を判定すること。
必要な支援を入れること。
それが、再出発の第一歩です。
一般社団法人未来自律支援機構(JADA)では、JADA Stage OSと7つの自律支援ステップをもとに、お子さんの状態に合わせた支援を行っています。
「見守るだけの日々」を、今日で終わらせましょう。
行動こそが、未来を変える第一歩です。
長期引きこもり・不登校で悩む保護者の方へ
お子さんの状態がステージ何にあたるのか。今、何から始めればよいのか。まずはご相談ください。
杉浦孝宣(すぎうら・たかのぶ)
一般社団法人未来自律支援機構(JADA)代表理事。認定NPO法人高卒支援会創業者。
小学3年生で不登校を経験。その後アメリカ留学を経て、40年以上にわたり不登校・高校中退・引きこもり支援に従事。
これまで1万人以上の相談に携わり、家庭訪問、生活改善合宿、学生寮、学び直し支援、就労支援などを通じて、多くの若者の社会的自律を支援してきた。
JADAでは「真の自律(Autonomy)」をゴールとし、JADA Stage OSと7つの自律支援ステップを体系化している。
著書に『不登校・ひきこもりの9割は治せる』『高校中退 不登校でも引きこもりでもやり直せる』『もう悩まない!不登校・ひきこもりの9割は解決できる』などがある。









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